2007年01月12日

指押さえの場所でなく・・

ギターやマンドリンでどこを指で押さえるかが気になるかたが多い。
でも、どこを押さえるかより、どの指を使うかにもっと関心を持ってほしい。

 極端にいえば、指の配列で音が決まるのですから、押弦場所だけあっていれば指は適当にというのは大変不利な話です。

 運指が指定されていたら無視せず、そのとおり演奏を試みて何か意味があるのではないかと考えてみる必要があります。それによって音符の発音だけでなく、楽譜の解釈や演奏表現の考えが見えてくる場合が多いのです。代指を考えるにあたっては、その原案演奏結果をふまえて、その意味や音楽に対する運指プランを理解したうえで、それと同等に支障なく考えを活かせると確信できれば選択肢として採用することも良いでしょう。

 もしよくわからないようでしたら、むやみに変更することは控え、先生に意見を求めましょう。自分では理解できなかった点を感覚でなく納得の説明をしてくれるはずです。くれぐれも共有不可能な自己流を工夫や研究などと位置づけて混同しないように注意してください。
posted by ひかちゃん at 00:01| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月08日

同じ時計を持つ方法

同じ時計を持つと言うと、みんなで銘々の時計を合わせてスタート、と言うことをつい考えがちですね。

 でもそれはただ、それぞれが時計をそれぞれの立場で進めることになりませんか?各々の時計がいつも合うとは限りません。また中には、自分の時計が正しい、他の人は自分の時計に合わせれば良かろう!とばかり勝手に進める「アホー」がどこにでも居るものです。また、善良な方でも、自分の時計を進めることに熱中することがテンポをとることだと勘違いしている向きもあります。そんなことをしても、時計を共有することは出来ません。善良であるなしにかかわらず、音楽を共有する一つの重要な作用を妨げることに違いはないのです。

 まず、「自分の時計を捨てる」ことがみなで一つの時計を共有する第一歩でなのです。

 「同じ時計を用いる」とは、文字通り、全員の輪の中心に「一つだけの音楽の時計」を置くことなのです。メンバーは常にその一つの時計により演奏することです。何もいつも一定のテンポとは限りません。フレージングやrit.やaccell.フェルマータ・・・等の要求でその時計が揺らぐとき、全員が共に揺らぐことさえた易く出来るはずです。

 もしその時計がまるで「演奏前からすでにそこにあるもの」と思えてくれば音楽の一要素を先ず共有できたことになります。

 これは演奏者と鑑賞者の間についても言えることなのです。
 
posted by ひかちゃん at 21:13| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月07日

同じ時計を持とう

リズムがわからないと策を弄してそれらしく演奏しようとしていませんか?
合奏相手と音(休符も含めて)のタイミングが合わないでしょう?すると一生懸命それぞれの音を合わせようとしていませんか?

 それらは結局のところ、徒労におわります。そればかりかますますわからなくなり、合わなくなります。不可能なことをやっているからです。少し演奏が出来る人が陥りやすいアマチュアの自己流演奏に多く見受けられます。

 リズムや、それぞれの音たちはすべて、テンポと拍子(簡単に言ってそれは時計の目盛です)を根拠に配置されたものと考えましょう。

 だから同じ時計を皆が用いれば全てがうまくいくのです。そう!リズムがわからなかったら、あるいはタイミングが合わなかったら、テンポと拍子を合わせるのです。

 時計とは言っても、我々が生活で用いるものとは異なり、どのような速さ(これがつまり「テンポ」)で時を刻む時計か、何拍ごとのサイクル(これがつまり「拍子」)を持つ時計にするかは、必ず楽曲によってあるいはその演奏時点でそのつど約束や取り決めをされるわけです。

 テンポと拍子を考えに入れない(根拠の無い)リズムや音、休止符のタイミングなどどうやって合わせたり理解したりできるのですか!?できませんよ。

 想像してみてください。テンポや拍子が無い時計、例えば砂時計や線香時計をいくら皆で凝視してもそこに全員同じリズムを配置などできないのです。制限時間(つまり「長さ」)こそ決められてもその間に拍子やテンポは無限に「想定」できてしまうのですから。
posted by ひかちゃん at 22:51| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

共有する願いのために

 演劇や落語を見聞きして、登場人物本人でもないのに、泣いたり笑ったりするのは、演者によって上演されたとき鑑賞者も演者本人も、お互いの心にある感情を共有するからでしょう。
 
 音楽においては、演奏が始まったとたんに、その時間演奏者と聴く人、共演者とが音楽を共有することになります。当然アンサンブルの共演者もその対象です。その作用を自然に素直に行ってくれる演奏者がすぐれた演奏者、あるいは共演者として評価されるのです。
 
 演奏者は、その場にいあわせる全ての人々が音楽を共有することができればと願い演奏すべきです。音楽は演奏者の心だけにあるものではありません。誰の心にもあるのです。ただ演奏者が音にするまでは、それぞれの心の中にそれと気づかれないままにあるのです。共演者や鑑賞者は音楽に気づく喜びを強く求め、期待に胸をふくらませてそこ参加し、そこに集うのです。
 
 だから演奏者はお互いにその強い願いを妨げる行為をしてはならないのです。そのような過ちを犯さないために、独善的でなくより普遍的な音楽演奏を実現できるように練習すべきでしょう。
 
 今年も、そのためには何が必要か、何が妨げになり廃していくべきかを示す演奏やレッスンをしてまいりたいと思います。
 
posted by ひかちゃん at 00:07| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月22日

楽譜発見

レッスンに行ったグループで、ある楽譜をレッスンして欲しいと依頼された。

 題名を聞いてどんな楽譜だろうと見せてもらった。なんと私の編曲した手書き楽譜のコピーではないですか!

 日付を見ると10年前のもの。演奏してもらうとなんと新鮮な気分。感動ものです。自分の編曲をすっかり忘れていたのです。

 おかしな話ですが、自分の編曲を「これ次のレッスンまで貸してほしい」と持ち帰ったのです。オリジナルは自宅のどこかに埋もれているのでしょうが、保管してくれていたことに大いに感謝し、早速楽譜ソフトで浄書することにしました。

 聞くところによると「まだまだあります」とのこと。今後も過去の譜面を発掘してくれると嬉しいな!
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2006年11月19日

音を出すとは?弾けばいいの?

ある音を発するとそれで音を出し終えたと思うのは勝手ですが、それだけでは音楽に使える音を出したとは言えません。
 
 一つの音は音が出始める「起音」、ある一定の時間「保持」、その後ふさわしい形での消滅「消音」または他の音への「推移」、で、ようやく完結しその音が「確定」するのです。

 特にギターのような撥弦楽器奏者は、その音を弾弦し、とにかくある高さの音を発すれば発した時点でその音を確定したかのように勘違いしがちです。

 前述のような考えを常に持って注意を払わなければ、確定感のない音の羅列になり、音楽にはなりません。音楽にしようにもできないのです。

 楽器が本当の「楽器」となるか、単なる「発音物体」となるかはそれを扱う者の姿勢によります。
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2006年10月14日

同じプロセスを踏む

 楽曲を演奏することは、それが創作されたと同じプロセスを踏むことです。
 聞いたことがある曲を演奏することは、それが演奏されるまで、あるいは録音されるまでと同じプロセスを踏むことです。

 誰かによって既に演奏された曲とは、その演奏者がたくさんのプロセスを踏んだことにより、到達し得られた一つの結果です。それを他の人が演奏しようとしたとき、その表面的な音だけを真似してみてもとても同じようにはできません。
 名人上手と言われる人でも期間的な違いはあるにせよ、そこに到るまでにはいくつもの問題や疑問の解決、理想の探求、方針決定、そして練習・・etc.たくさんのプロセスを経ているのです。それを我々がC.D.等を聞いて音だけを真似したところで、同様に演奏再現ができようはずがありません。なぜ、名人上手の行ったと同じプロセスを踏もうとしないのですか?
 たしかに我々が同じプロセスを踏んだとしても名人上手に比べればその内容と質またその達成率は大いに劣るものでしょう。しかしだからこそ、せめて行うべきプロセスを省いてはならないのです。それぞれに期間をタップリかけ、着実にそして厳しくおこなわなければならないのです。
posted by ひかちゃん at 00:04| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月19日

癖をなおすために

癖をなおして正しく演奏しようと思っても、なおらない。
なおらないから癖なのです。なおせるのならばそれは、たまたまの失敗か、ミスなのです。気をつければよい話です。

 癖をなおそうと思って、あれこれ回数きり無く演奏してみます。たまたま出来てもまぐれあたり。自らの意思で出来たという納得がえられませんね。「今のでできてました?」なんて他人に聞いたりしている。つまり、自分がコントロールして演奏していないのです。コントロールができない状態が「癖」なのです。

 癖の状態を+10としましょう。正しい(癖のない)状態を±0とします。
癖を指摘されてあなたは懸命に±0で演奏しようとしますね。でも出来ませんね。それではコントロールすることの意識が足りないからです。
 
 あえて「意識的に」正反対側の−10の状態で演奏を行ってみてください。あるいは癖の状態を「意識的に」誇張して+20の状態で演奏をしてみてください。
たいていは前者のほうが効果的です。
 いずれにしても自分が自らを意識的にコントロールして、そのように演奏している感覚をしっかり持って行ってください。たぶんその行為すらにおいても、いかに自分が自分をコントロールできないかという困難さを感じるかもしれませんね。だからそこに「癖」が発生するわけですから。

 自由にコントロールできるかなと感じたら、試しに±0で演奏してみます。
これを繰り返し行うのです。やがて、たとえ±0の演奏に対しても、常に「意識的」なコントロールのきいた演奏が出来るようになります。

 コントロールがきかず不必要なとき顔を出すのが「癖」ですが、もしコントロールがきき、そこに意思がはたらけば、ものにもよりますが、ひょっとして「表現」のひとつになるかもしれません。ただし賛否の程はわかりませんが?

 
 

posted by ひかちゃん at 16:26| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月14日

続けて現れるクレッシェンドは

ある小節にクレッシェンド(松葉のマーク)があります。次の小節にも、また次の小節にも。
これはどう演奏しますか?

 どんどんクレッシェンドするのでしょうか?

 いえ、クレッシェンドのやり直しなのです。つまりこの場合、3回クレッシェンドを行いなおすことなのです。(もちろん例外はありえますが)

 松葉のマークの場合はこのようにマークの次に記号による強弱決定をもたない場合が多くあります。記号の記入でその影響範囲を示すことができるからです。記号が切れてもしあとに強弱の決定が無ければもとの強さになります。
だからこの場合、やりなおすのですね。

 ところで、文字記号の“cresc.”“decresc.”の場合は記入があってからその影響範囲がどこまでか不明確なので多くの場合ある種の記号等によりやがて強弱の決定がなされます。つまりそこまでが影響範囲ということになりますね。

個々の記号の意味はわかっていてもその使われ方について曖昧な方がおられるようです。
posted by ひかちゃん at 23:25| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月01日

癖を直すとは?

ながらく投稿を夏休みいたしました。再開いたします。

さて、音楽の演奏を学ぶ方々に悪い癖があるひとはたくさんいます。

 その方々がたいてい口にするのは「いやー癖はなかなか直らないもんでネー」です。

 ちょっと、ちょっとちょとー!癖は直らないです!
一度付いた癖は直らないのです。癖を修正して何とかしようとしたって、癖そのものが残っていますので「直らない」のです。癖を持つ本人がその癖を直すなんて無理無理。
 
 ついてしまった癖は絶対に捨てること、取り除く、消去するのです。
つまり癖の付いていなかった状態に戻りましょう。そうです!いくらベテランでもその分野ではなにも知らない初心者にもどるのです。そして先生に師事して習い直しましょう。

 「直す」のでなく根本から「治してもらう」ことを強くお勧めします。

posted by ひかちゃん at 22:54| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月06日

「反省会」でリセット!

演奏会等の重要なイベントを終了すると、大きな解放感から、人間誰もが有頂天になるものです。打ち上げでハメをはずすのも当然で大いに結構。しかし、一時はそれも良いでしょうが、そのまま次の活動ステップにはいると大変危険です。いろいろな面で判断や言動を誤る可能性があります。有頂天なるがゆえの自信過剰、慢心、自意識の優先、自己満足、怠慢、等々、謙虚さはどこかへ消滅し、思わず知らず、音楽を甘く見たり冒涜する言動さえも発生しかねません。人とはそういうものかもしれません。

 だから、次の活動ステップに入る前には、有頂天を解消してリセットしなければなりません。その重要な機会が「反省会」なのです。

 よく見かけるのですが、反省会とはいっても、名ばかりで、たとえば演奏会のビデオを流して皆で見ては、散発的な感想がいくつか出たところでお疲れさん、というのではいけません。それでは逆効果です。

 できればきちんと議長と書記をたて、計画段階から最終的事務処理まで、順序だてて全てについて良い点悪い点を検証し、改善点を検討し、次なる目標について話し合いましょう。特に演奏面では、冷静になって初心に帰り、そして音楽に対する愛情や謙虚さを確認し合い、それらを取り戻すことで再スタートの機会にしましょう。
posted by ひかちゃん at 23:59| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月05日

謙虚にならざるを得ないのです。

音楽は我々人間が決して完成できるものではありません。

 コンサートを開催してそれなりの評価を得たり、録音(CD等)を完成させても、音楽が完成したのではありません。音楽は、われわれの目に見えない、耳に聞えない状態で既にこの宇宙に充満していています。我々はそのほんの一部をなんとか具現化しようと試み、限られたある期間懸命に努力し、ある時点までの一時的な成果をようやく人々の耳に届けられるに到ったに過ぎません。だからこそ、それまでの努力が報われたひと時の達成感や爽快感を味わった次の瞬間には、我々はいつも悔いと反省の念に苛まれことになるのです。そしてそのことが、さらに終わりの無い理想的な音楽の具現化に意欲をもち続ける原動力になるのです。

 自分達が音楽を作った、などと思ってはいけません。作曲家、編曲家は楽譜という形で目に見えるように、そして演奏できるように懸命に音楽の一部を具現化します。演奏者(指揮者、指導者も含めて)は懸命にそれを音にして耳に聞え伝わるように具現化します。そして、その時点までの各々の努力が、作曲家として、編曲家として、そして演奏者(指揮者、指導者)としてすぐれていると評価を得るのです。

 しかし、それはある時点までのことで、すでに完成させたと勘違いして(実際は完成などあり得ない!)次の時点もそのまま同じに演奏すれば事足りるなどと思ったら、演奏者の評価は同じどころか下がることにまります。「発表するからにはきっと、あれからさらにレッスンや練習をしただろうから・・・」と、よりすぐれた成果が期待されるはずですから、「あの時点までで自己満足したのか!」と謗られることは必定です。

 だから!だからこそ!我々は、音楽に対して常に謙虚にならざるを得ないのです。
posted by ひかちゃん at 23:43| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月09日

毎日全員で練習する方法。

合奏団の練習を考えてみましょう。

 一年365日として仮に活動日を毎週1回として集合練習するとしましょう。
春夏休みや、年末年始、ゴールデンウィークその他を計算に入れれば、おそらく40回程度できれば良いほうでしょう。そのうえ各自の健康上の理由や、私的な都合、冠婚葬祭等で、全員集合できる回数はおそらく30回前後。つまり、一年間期間があるとして、そのうちの10%をきる回数しか全員で練習できないことになります。さらにそのうちの数%はパート練習等に割かれ、何人か何回かは欠席者も数人居るでしょうから、完全な状態でのtutti(全合奏)練習はほんの僅か5〜7%ではないかと思われます。大変貴重な機会だということが容易に理解できると思います。

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posted by ひかちゃん at 00:04| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月01日

合奏練習の楽しみ

 合奏団で練習することは、メンバーがお互いの演奏を理解しあえるかを確かめることなのです。そしてお互いに理解しあいながら調整し、いろいろ取り決める、そのために集まって練習するのです。このメンバーがわざわざ集まって練習する目的をしっかり自覚して欲しい。

 合奏団の集合練習で、その目的意識無く闇雲にひたすら「自分」が破綻無く音を羅列しようとする方は、まったく非協力的で迷惑な存在、「無用の長物」になってしまいます。そして本人にとっては辛い時間になってしまいます。

 個人練習では各自が常にその場に他のメンバーが居るかのように意識して伝える練習をしましょう。集合練習では全員がその効果を確かめながら理解しあい、互いに調整し、決定し、実験してそれを確認しあう場にすれば、大変興味深く楽しい時間をすごすことができます。
posted by ひかちゃん at 08:20| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月27日

合奏ではみんなで一緒にカウントすれば・・

各自が拍子を声に出してカウントをしながら、常にカウントに関係した状態で正しく演奏出来るように練習したら、今度は集まったみんなで一緒に声をだしてカウントしながら演奏しましょう。

 するとどうでしょう。「音を合わせる苦労」ではなく、一緒に拍子をとり「カウントを合わせる」ことで、必然的に「音が合う爽快感」や「響きあう満足感」「相乗効果により発生する新しい音形の驚きと感動」が練習場に満ち溢れるのです。

 さらに必要なら、強弱はそのまま声の大小で表現できますし、テンポの変動はカウントをみんなで合わせてそれを行うことも容易にできます。

 さて、本番では声を出すことはできませんから、当然無言でみんなが拍子を「一致してカウント」できるように練習する必要があります。ただし、ややもすると各音を合わせようとばかり考えて後戻りして苦労してしまいがちですので注意してください。拍子カウントをみんなで合わせればそれでよいのです。そこではコミュニケーションをとるにふさわしい、声に代わる最良のアクションが行われるはずです。
posted by ひかちゃん at 23:54| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月20日

拍子をカウントしながら練習を

弦楽器、打楽器、鍵盤楽器では、拍子をカウントしながら練習しましょう。

 なに、難しい?!あなたは実はその部分のリズムをよく理解できていないのではないですか?拍子のカウントにノレないのでは、なんとなく似て非なるものを練習していると思ってください。ご本人もノッタという感覚「満足感」が希薄で演奏はしてみるものの首をかしげる動作が多くなります。「これでいいのかな?」とか「こんな感じかもね、どうもわからん」と内心思っているのにそのまま練習を続けることは、あとで「できない!」という「挫折感」を味わうことになりますので要注意です。
posted by ひかちゃん at 23:39| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月13日

フレーズ内の任意の1音だけを弾けますか?

複雑なリズムを持つフレーズを練習してもらうと、始めから演奏し始め、途中からちょっとおかしくなって、さらにそれが影響して、あとはグチャグチャになり、時としてはフレーズの最後までたどり着かない、あるいは拍子やタイミングなどすっかりわけが解らず適当に音を並べてだらだら流して、はいおしまい。こんなことがなんと多いことか!!

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2006年05月01日

バスギターにスーパーチップ

 バスギターを使用していると、とにかく弦が切れて困っていました。
新しい弦を張ってその日はともかく、ケースに入れておき、さて弾こうと数日後ふたをあけてみると弦が切れている。張り替えても張り替えても結果は同じ。またくガッカリしてしまう。一度は、本番でこれから出番というときに、舞台袖で「バチーン」と3弦が切れてしまい。大急ぎで張替え、冷や汗もので演奏をきりぬけたが、その後も巻き線の3・4・5弦がことごとく切れてしまうのです。バスギターを使用するときはいつも心理的に不安でした。
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posted by ひかちゃん at 22:36| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月16日

意思の必要なテンポ設定で練習を

あらゆる曲を練習するとき、なんでも常に意思を必要としない気まぐれなテンポで練習してしまう方が多いのです。それでは多様なテンポ設定に対応できません。

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2006年04月08日

カウントを唱えながら演奏できますか

 ギターやマンドリンで楽曲を練習するのに、指をどう置くか、どのように弦を弾くかだけに着目し、それができれば曲を演奏していると考えてしまうのは大間違いです。

 楽譜に書かれている拍子記号をまず頭に叩き込みましょう。そして「カウントを唱えながら」練習しましょう。与えられた音達がそれぞれカウントとどのような関係に演奏されるべきかを理解できるまで、徹底的にそれを行ってください。その際、技術面でテンポが多少狂ってもしかたありません。とにかく拍子のカウントとの関連をつかむことを最優先してください。

 理解ができたら、いよいよ致し方なく狂っていたテンポの修正にかかります。その際は、メトロノームを用いて今度は正確にカウントを唱えながら理解したタイミングどおりに練習します。ただし、すぐ弾き始めるのでなく、メトロノームの拍子とテンポを数フレーズ聞いてからそれにのるように演奏練習してくいださい。。テンポはとりあえず演奏可能な速さに設定します。指導者やリーダーが居れば、その人に音頭をとってもらうのも良いでしょう。ただし、演奏者につられたりしない正確なテンポの持ち主である必要があります。

 それが十分にできたら、いよいよその楽曲の理想的なテンポを決定して演奏してみます。
 
 
posted by ひかちゃん at 21:58| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする